詩歌の可能性をば。∞(24)今度は自作「ミルクティーみたいな」推敲。

他人の苦労して書き上げた韻文、詩作品などを


こうもやすやすと添削して見せてのけちゃァ、


「自分の作品はどーよっ?」という声が


出てきちゃうのも自然ななりゆきでしょうねぇ。


そう!


20代前半にすでにその才能を見せて皆を驚かせたけどね、


なんせ他人の表現の至らない点を見抜いてたちどころによりよい表現を


書くなどの高レベルの鑑定眼が備わっていたのに、


そういう鑑定眼を満足させられる文章が


表現力が及ばないばかりに自分にまだ書けていない!というジレンマに


本当に苦しめられてきたもんですよ。


‥‥(-_-☆彡)



ようやくにして


自分の鑑定眼を満足させられる文章が書けるようになってから


12年も経ってきたとこ、かな。


この前、ツイッターと同じ字数制限140字、


アマチュア詩人の投稿しやすい10字×14行の枠で


「ミルクティーみたいな」という題の短詩を


書いて見せましたっけ。



(-_-メ)




我ながらまだ不満を引きずっていてね、


9日ぶりに


推敲して、決定稿といってもいい出来栄えに


練り上げて見せました。





 ミルクティーみたいな



猖獗(しょうけつ)をきわめた夏が
去って言い訳がましく
ミルクティーみたいな
秋が始まった
牛乳は日なた
紅茶は日かげ
分量のかげんを狂わせ
紅茶の味をうすめて
しまった これから
紅茶の色が濃くなって
いくのに 多過ぎる
牛乳を 我慢して
待たなくてはならない
かい 真っ当な冬を




( ̄^ ̄)☆彡




だから他人の作に手を入れて完成度を高める作業は


自作にも距離を置いて手を入れて完成度を高める作業と


ほぼ変わらないッスよ。



先の日曜日付「天声人語」で面白い名言を見つけた。


プロ麻雀士の小島武夫さんが


「自分の手にほれ込む前に、3人を相手にしていることを忘れるな」と


戒めているって。


まさに至言なり。‥大岡信さんのご指摘を俟つでもなく、


現代詩って、「孤心」にこりかたまって多数の読者に伝えようとする姿勢を


等閑にしてばっかりいるから、


「自分のことばにほれ込む前に、多数の読者を相手にしていることを忘れるな」と


いう戒めを、


そーさァねぇ、マラルメを代表とするフランス象徴詩以来からの


変てこりんなコンプレックスに根ざした誤解が蔓延しちゃって


こともあろうか、「独善こそは至高なり」とトンデモ勘違いしちまってん


現代詩ジャーナリズムのひどい現状で


とことんまで忘却してるぅ、しかもそんなジャーナリズムに


せっかくの若い才能が次から次と潰されていく現状は


酸鼻きわまりない。



(-_-メ)



親心まで。



画像





だから


現代詩はダメ!


俳句、短歌はまだまだ見どころがありまさァね。



( ̄^ ̄)





真夜中のミルクティー
新風舎
玉城 さやか

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