詩歌の可能性をば。∞(129)コミュ力を越えるのが詩です。もぉ~ッ!

ほんとはね、イヤイヤだったけどもよ、


今日付けの朝日新聞夕刊のおなじみのコラム


「あるきだす言葉たち」で、


すんげぇ=下手な現代詩を読んじゃってね、


つぶやいた通り、



「難解、高尚、孤高を美徳としたがる現代詩壇の悪い癖が出たな。時間の無駄だからスルー。しかし隣りの記事に救われた。気仙沼高3年(当時)の山内夏帆さんの短歌甲子園2011出品作。/東北の空に天使はうずくまる「翼があっても奇跡は起きない」/短詩型文学の強さが救いですね。」

「ちょいと意地悪してやっか。ま、時間があれば胸を貸してやらなくもない。現代詩壇の狭量さをうんと恥じさせてやったっていい。後でね。時間を無駄にしたくないから。‥不発弾処理が大変でしたね。旧日本軍の威力が怖いこと。」



スルーしよーかと思ったけどもよぉ、


しかしだねぇ、


日本語の豊か過ぎる土壌と林の中をさ迷って


真っ当な詩句と韻律の見分けがさだかならぬものになってきた


ただただ憐れむばっかしのクソ現代詩壇の傾向を


憂えていてね、


舌打ちをしながらもひと肌脱いで、


せいぜい箱庭にひきこもって「コミュ力を拒絶するのが詩なり」なんて


トンデモ勘違いをし続けているどぉしよぉーもない、救いがたい輩どもに


対して一喝すべく、


「コミュ力を越えるのが詩です。」と


身をもって示させていただくのに至りましたのです。


(>ω<)


ホント、


添削する際、ど下手な詩だなぁ=、


現代詩手帖賞とやらはまさに下手な詩人による、下手な詩人のための、下手な詩人の賞と


とほうもなく悪罵を浴びせかけたくなっては


我慢し通しでした。



はいね!


論より証拠ですぅね♡



まずね、


ど下手な原詩を掲げさせていただきやしょうね。


(0^0^0)




 半子
      森本孝徳



うかされるたび、礫(こいし)眩(くら)む幾千の高さで
黙殺と夏の兼合を嫌う〈髪〉の半日。
匕(カイ)仄めかせばこれきり、
はばかりひとつ紀行して含羞(はにか)む
妣(はは)と)杳(よう)として履歴の穴計りかがる。
舂(うすづ)きだすと消せぬ掌の縞が骨で
(ふりかえらなくても判る、神妙に
やけた書肺から飛出す)やや足ばやな
曇声もいつ枕かとうかばれれば危い。
うるめを炙(あぶ)る潤目に似た傷みへ都ド
半畳をいれた、ぼくの
肩口一杯、柳にうけるつるぎ大の樒(しきみ)に
轢(きし)る鯨目が廃れたのもいる。
ほらほら
いま五つめでるすのくす叢から
天牛がわくよ。羽目につばをつけて、
丁字裏で厄介になる、ほら
きりがみだらけだ  ほら
埋火をあげてそしきしている
改代した客脚の裔(すえ)にぼくは旧孫引く。
高が箱鳥のおもみなのに、もッぱらは
ゆするかの魂胆とみえ隠れした(宙、
禍の様にみに泥ンだ骨を拾ッた
からだは孫引いて幾らでもないが、
仔細にはずいぶんと整う
分梅をしらない。




(0^0^0)


分かるぅ?


そりゃ分からねぇ!というのが真っ当な感想ですもんね。


なんつーか、


ゴシック風味、バロック風に


やたらと小難しい漢字をちりばめて、ちんぷんかんぷんな詩想を


「コミュ力を拒絶してこそ難解、高尚、孤高たる詩道なり」なんちゃってぇ、


可哀そうにも30代になりたての詩人が勘違いしちゃってぇ、


ほんまに見ていられないわ。


⊆((>ω<))⊇



だからねぇ~、


イヤイヤでスルーしたかったけどもよぉ、


つか、


余りにも豊か過ぎる日本語の土壌と林の中でうろうろさ迷っている今の文人たちの


悲惨きわまりねぇ~現状にも


おらなりの苦言を呈したくって、


しかたがなく


添削させていただきました。



⊆((>ω<))⊇



はいね!


おらが添削した稿は以下に掲げさせていただくべぇ。



(0^0^0)




半ン子

唐井誠二による添削。


匕(あいくち)にうかされるたび、黙殺と夏の健康を
嫌う〈かみ〉の礫(こいし)のちぢに眩む幾千の
高みからこれきり、
はばかりひとつもったいぶって紀行する
(含羞(はにか)んで何も言わぬ妣(はは)と)杳として
履歴の穴ぼこがかがんで。
舂(うすづ)きだしては消せぬ掌の縞が骨ばかりだ
(ふりかえらなくても知れたことだ、
細くも神妙にやけた書肺から飛散する)
ほぼ足ばやに曇る声もいつ枕かと危うく
うかがえるばかりだ。
うるめを炙(あぶ)る涙目に似かよった傷へ
都(と)ド半畳をいれた、そんなぼくの
肩口一杯、うけるしだれ柳のうちに
つるぎ大の樒(しきみ)に轢(きし)る鯨の優しげな目が
廃れていくのを待っている。
ほれほれ
いま五つめだ、るすのくす叢から天の
牛がわくわわくわ 羽目につばをつけ、
丁字裏で厄介になるんだ ほれ
きりがみが積まれてる  まれ
埋(うずみ)火(び)を掻ッこんで編成され
唸りのはてに代替えしてきた客足の
末裔からぼくは半ン子ながら孫引く。
高が箱鳥のおもみにも拘らず、もッぱらは
ゆするかの魂胆がみえ隠れしても
(宙、そら、ちゅう、禍からみに
泥んだ骨から生まれ出たからだは孫引いて
幾らでもないが、仔細にはずいぶんと整う
分配をしりようもない。 ――)




おかげさまで


一般の読者とどぉよぉに


辞書と首っ引きにならざるを得ませんでした。


だ~か~ら~ねぇ!


「コミュ力を拒絶してつんつんっ。。とお高くとりすます」のは


誠実な読者たちを辞書と首っ引きにさせる労をやたらとかけるんだから、


ど最低どすぇ。


おらが身をもって示した「コミュ力を越えるのは詩なりっ。」のお手本はね、


ごくフツーの読者たちが


「知らない語彙がいっぱいあるのに、ん?ん? 前後の文脈でよーくっ分かるっ!」と


いっぺんに理解しちゃうってことよっ。


アホか。


だからおらは現代詩壇が大嫌いなんだよっ。



(0^0^0)




画像




お口直しにヒメシャラの花。



(*^_^*)



【2013年6月7日付後記】


この現代詩(悪しき傾向の典型だと断言していい、まぁこの酷評を無視していいんやっ)を


添削した後のつぶやきを転載させていただきましょう。


2013年6月5日(水)



「さっきまで仮眠をとっていた。‥難解な詩句を書くからにはコミュニケーションを越えた力を持たなくっちゃダメ。ど下手と言ったのは、まるで造語を仰山作って言葉でマスターベーションしてるからなんだ。現代詩の悪い傾向。分かり易く書けと言わないが、読者に届くか、という懼れをまず抱くべし。」


「前の2回、秋亜綺羅さん、高山れおなさんの作に応えたほどに愉しいひと時じゃなかったな。日夏耿之介という異色のバロック風詩人がいますが、むしろ後継者、三島由紀夫と澁澤龍彦さんのほうが優秀だった。日本語はなんせ二つの文法体系を持つ珍しい言語(クレオール型かな?)だから、規範がない。」



それにしても、このクソ詩人は「曇声」、「潤目」、「鯨目」、「天牛」という難読漢語を造語してまでも


何を訴えたかったのかね。


言葉のマスターベーションだね、(まぁ、一番侮辱的に受け止めるならちっとマシかっ。皮肉だが)


だから「曇る声」、「涙目」、「鯨の優しげな目」、「天の牛」と柔らかく「翻訳」したげた。


一番分からなかったのは、


15行目「いま五つめでるすのくす叢から」というベタな詩句。


前後の文脈からおしはかって、


「いま五つめだ、るすのくす叢から天の
牛がわくわわくわ」


と詩情と躍動感を高めるべく「翻訳」することにしちゃいました。



‥‥


追い打ちをかけるよーで


大変申し訳ないが、


逆にこんクソ詩人のほうこそ日本語を舐めているじゃないか。


難読漢語を造語して得意がってるんだろーが、


おらが添削(つか、というよりは日本語訳)を見れば分かるように、


わざわざ小難しい漢字をあてがわなくても


意外と力の抜けた、ありふれた一語のほうが詩情や叙情性や躍動感を高めたりしてぇ。


アホか。


一度日本語を勉強し直せ!とあえて暴言を吐かせていただきます。


こんクソ詩を喜ぶ連中も連中だ。


へいへい。


どーせあっしは現代詩壇にもー30年来背を向けていますからね。

ブログ気持玉

クリックして気持ちを伝えよう!

ログインしてクリックすれば、自分のブログへのリンクが付きます。

→ログインへ

なるほど(納得、参考になった、ヘー)
驚いた
面白い
ナイス
ガッツ(がんばれ!)
かわいい

気持玉数 : 1

面白い

この記事へのコメント

この記事へのトラックバック