ピロシキのつもりがカレーパン‥ 散文の練習っ☆

どうもなぁ、ネット上で『超短編小説』とやらが流行ってるみたい。


閲覧しますとね、詩とも散文ともつかない代物ばっかしで、


なんか、漫才ネタ、コントにすればいい、もっともそのネタが没になるんだがね、と


思っちゃうね。


でも村上春樹さんの訳された「サドン・ストーリー」ジャンルに入るグレイス・ペイリー「マザー」


(文春文庫所収)の全文、わずか3ページを


読ませて貰うと、へええ!こういう散文の書き方があるんだな。


そうさね、



画像




ピロシキのつもりがカレーパン‥



 恵方巻を南南東に向かって丸かじりしながら心中願い事をする行事まであと二日せまった冬の一日だった。
 デパ地下めぐりしていると、急ごしらえの店舗のショーウィンドーに「ピロシキ」が一個160円(外税込み168円)で売られているのを見つけて、懐かしい味にかぶりつきたい気持ちがしてきた。
 外国料理が大好きだったお袋さんが手作りピロシキをよく作ってくれたからなのだ。
 いつもこう言ってくれた。「あり合わせの材料で、作ってみたのよ。春雨が残って、豚挽き肉も余っていたし」。
 そのお店でピロシキを一個包んでくれた。
 持ち帰って、カフェラッテを飲みながら食べてみたら、あれ?中味が違うと思った。
 改めて見直せば、カレーパンだった。
 カレーパンとピロシキの区別がつかない店員が間違えて入れたか、とよく取ってもかまわないし、あるいは悪く取れば、こんな寒い日にピロシキが先に完売し、売れ残ったカレーパンをわざとそれらしい位置に取り寄せ、在庫処分するためのカモにされた可能性もありえた。
 しかし後の祭りである。もう食べてしまっていたから。
 あり合わせの材料で作ってくれたお袋さんの味への郷愁心がさめたものの、あり余ったものを胃袋に流しこむ点で結局同じだと思って、変な寛容心がこみあげて、あの店にクレームをつける気にもならなかった。
 ピロシキのつもりがカレーパン、受けるんだね、と悔しそうにつぶやいた。




画像





はい、いじょぉでした。


唐井流超短編小説(この呼称が好きじゃないね)でしたぁ。



ま、話が変わるとして、



画像




某メーカーの恵比寿名店味噌ラーメン(まいるど味噌、って謳い文句)を買ってみて、


坦々麺に仕上げてみましたら、


超おいし~♡


さよう、料理の腕前は文才に通ず。なぁ~んて。



ようし!


散文の練習をしたから、エンジンがかかったか。


こんから唐井流デタラメイズムをバンバン発揮する???訳の分からない


短篇小説にとりかかりますかぁ。



今日ね、こんな一文を書いたんだぁ。(伏せ字しときますからね)。




「よく××■○▽こられたね。チュビッ。」
と佐伯○子が顔を見るなり唇を丸めて、○×の顔にせまってきた。身をかわしてはた迷惑な祝福キッスを避けて、
「あんなぶっ飛んだ■□はないわ! ×の気持ちになってよっ」
と、それでも「△▲」してきた喜びにまして親友の能天気ぶりが嬉しかった。



ね、ね、ね、ね。


この一文からは唐井流デタラメイズムを感じられませんか?



(0^0^0)

ブログ気持玉

クリックして気持ちを伝えよう!

ログインしてクリックすれば、自分のブログへのリンクが付きます。

→ログインへ

なるほど(納得、参考になった、ヘー)
驚いた
面白い
ナイス
ガッツ(がんばれ!)
かわいい

気持玉数 : 0

この記事へのコメント

この記事へのトラックバック