詩歌の可能性をば。∞(96)ごめん!「おのれのヘドロ」への返歌

さっき、ツイッターで谷川俊太郎さんの「おのれのヘドロ」に返歌しません、と


公言しちゃったんだけど、


んあつーってか、


悲しきこと哉、詩人の業と申しましょうか、


ついつい


返歌したくなっちまってきたんだァ。


以下に


おらが返歌を掲げさせていたしましょ。


(*^_^*)






誰かのヘドロ



そりゃ自分は違いますよ だって
誰かに見られるキャラを演じなきゃ
なんない身になってくれよ
表層の上滑りがいかにも涼しい

保身
KY
知らんぷり
リア充

誰かのヘドロはぼくのものですか
いいえ そんなことはありません
誰かがこころの深層に溜まったものを
いち刹那に出しただけでしょ



(0^0^0)



分かる?


この返歌を読んで


はた!と膝を打っていらっしゃったお方々に


谷川俊太郎さんとおらとの


世代間をはるかに超えちゃ~っている共鳴ぶりを


さぞかし当今とゆーべきか、


嘆きぶしとともに


きっと分かち合えていらっしゃることでしょうね!



(0^0^0)



ゴメン、ゴメン。


返歌しません、と申したのは、


人間の善悪がやれマニュアルだの、コンプライアンスだのの想定外にも


溢れ出てしまっている現実を


まざまざと直視して


クソエロオヤジとしちゃ長生きしてきちまったからにゃ、


あ、そーなのォ?と


おらが親の世代の嘆きぶしを軽く聞き流して


それきりすまそうか、とうっかりと思っていましただけ。


(-σ-;)





ゴメン、ゴメン。


ただね、


「誰かのヘドロ」を「おのれのヘドロ」として


引き受けたがらずに


自分さえ傷つかなくていいんやっ、と保身に走ってばっかしで、


「こころ」のミョーな衛生概念にこりかたまっちゃって


人間としての大成ぶりが望めない野郎どもが


増加しちまってん現状に


呆れ返っているんでね!


「おのれではない、ぼくではない、悪いのは」と思い込んじゃって


「誰か」にいやおうがなしに溜まって放出してしまったヘドロの


責任をなすりつけることほど


気休めがないもんでしょうねぇ。



だから、


谷川俊太郎さんの原詩と


おらが返歌とを


一緒くたに読み合わせて


ゲラゲラと笑い転げてくださったお方々は


まさしく本歌取りやパロディなどの深ーい、深ーい日本詩歌の伝統の


凄さを実感されて下さるものと


信じて疑いません。



(*^_^*)



画像




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