詩歌の可能性をば。∞(75)人形作家の短歌十首を添削して。

野原亜莉子(のばら・ありすと呼びます)という人形作家にして歌人の十首を


今日お目にかかりまして、


今ひとつだな。と


思いまして、詩歌添削人の腕前をふるっちゃいました。


ま、余計なお節介と思われても仕方がないが。


原作は字余りも字足らずもない、五七五七七の短歌定形律を


徹頭徹尾通しまして、


韻律は悪くないッスね。


でもね!


ごくごく丁寧に読み直してみれば


ちょっと大胆な表現の余地がまだ埋もれていはしないか?と


惜しまれてなりません。


ただ人形作家としてのご作品のほうを知りませんが、


きっと素晴らしい出来栄えかと思います(後でネット上で画像を調べたく存じます)。


しかし短歌のほうは


文語表現と歴史仮名遣いと定形律の扱いも悪くないけれど、


小器用に流れ過ぎて、


惜しいばかりのちまちまとした完成度に陥っているのも


否めません。



くどくどしい講評はいやだから、


原作を以下に掲げてみましょう!




 睫毛の影


     野原亜莉子



君に似た人形つくるさみしさを君は知らざりわれは言はざり
いつまでも大きくならぬ子どもなり陽差しを浴びて頬あどけなし
人形の愛らしき手を作る間に春は終はりぬ窓辺あかるく
すこしずつ髪貼り付けてゆくうちに少女に変はる人形の貌(かほ)
夏服の白き襟もと人形は森の匂ひを教えてくれる
永遠に歩くことなき人形に小さき靴を履かせやりたり
一度だけ君と渡つたこの橋をわたしは今日も歩いて帰る
君のゐた季節は遠く眩しくて睫毛(まつげ)かほそき影を落とせり
甘やかな恋など知らぬがらんどうの冷たき胸に風は通ひぬ
もう君に逢へぬとおもひ眠るとき胸に降り来る天の川あり



どうだ?


一見したところよく出来ているように見えるだろーけど、


表現の弱々しさがこの原作の睫毛みたく


影を落として全体の印象を弱めているんだよ。


ほんとにもったいない。


で、おらなりに添削した十首を


以下に掲げて見せましょう。


お断りまで、


第二首の第四句「陽差しを浴びて‥」と、


第三首の「人形の愛らしき手を‥」は


きっちりと句切れしてん(あるいは無理に韻律づけて?)だから、


思い切り「句またがり」にしてみました。



(-σ-)≒



 睫毛の影


   唐井誠二による添削。



君に似た人形つくるさみしさを君は知らざりわれ黙るゆえ
いつまでも大きくならぬ子どもなりその頬陽差しよりあどけなし
春終はり人形の愛らしき手を作るアトリエ窓辺あかるく
一毛を貼り付けるごとおもむろに少女に変はる貌(かほ)の人形
夏服の白き襟もと人形が森の匂ひをしんと嗅がせし
永遠に歩かずなりし人形に靴を履かせて歩ませやらめ
一度きり君と渡つたこの橋をわたしは今日も明日も帰る
君のゐた季節が去りて残光に睫毛(まつげ)かほそき影を落とせり
甘やかな恋など知らぬがらんどうの胸に通ふは涼風かはた
もう逢へぬ君をおもひて眠るとき頭上に降れる天の川あり




はい、以上でした。




画像





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