詩歌の可能性をば。∞(41)いらぬお世話だろーけど。短歌について

最近の若い世代の口語短歌の浸透ぶりについては、


歌壇で論争がかまびすしいふーにお見受けしますねっ。


「完全なる口語か、


(ある論客の言として)文語や旧仮名を用いることが


「不自然だから」こそ言語感覚の攪拌に


またとない武器として使える文語の混合か、


あるいは文語に徹すべきか」


なんてっ。


‥‥


(-_-メ)




悪いが、


ここでいらぬお世話を焼かせていただきますぅ。


(-_-メ)




一昨年の12月にインフルエンザで惜しくも26歳で逝かれたもうた、


ほんとうに天才歌人!!


とおらが心の琴線に触れてやまない口語短歌を


残した笹井宏之さんの遺歌集からの引用歌を三首


偶然新聞紙上で見て、


びっくりしましたよ。



( ̄□ ̄;)!



で、



冒頭の「口語か文語か混合か」で揺れている歌壇の現状に鑑みまして、



ちょいとおらなりに腕まくりさせていただきました。



( ̄^ ̄)



ぜひともお手合わせしたかったァ、


この天才歌人と。



もう亡くなられたからには


この喪失、損失が惜しくてたまんない。


泣けてしよーがねぇもんだッ!!


(T;σT;)≒


‥‥



後出しばっかしでしよーがないが、



新聞紙上でおれの一目惚れしちゃった三首を以下に



掲げましょう。




笠井宏之さんの遺歌三首



きんいろのきりん あなたの平原で私がふれた唯一のもの
ぼろきれにくるまれている猫の目を私の目だと思う、一瞬
冬ばつてん「浜辺の唄」ば吹くけんね ばあちやんいつもうたひよつたろ



キ――(゜∀ ゜)――タッ



で、



冒頭の歌壇における論争へのおらなりの答えとして、



おらなりにこの秀歌三首を文語体で詠み直してみました。




唐井誠二による文語体での詠み直し

いつとなく汝が平原で見かけぬる麒麟の黄金吾が宝なり
すまなそに襤褸であたため猫の目が合縁と見る私の目線
嬉しかる冬「浜辺の唄」をいつものごと謡ひ返へす祖母をも嬉し


( ̄^ ̄)



口語を文語に訳してみりゃ


こんな按配になるんさ。


すなわち「文語訳」といわば必然的な選択としての解の「口語、文語、混合」との差は


すれすれ、僅差、でしょ~ねっ。


( ̄^ ̄)



でも必然的な選択と韻律が


神籟とみまがうほどに合致している作品こそは


やはり読者のこころの琴線に触れて深く記憶にとどめるべきでしょうね。


(>ω<)



ただこの天才歌人の急逝が


惜しまれてならない。




( ̄□ ̄;)!



ぐっす、ぐっす。


ぐっす、ぐっす。




画像




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