詩歌の可能性をば。∞(27)万葉集の一首を現代詩ふうに訳してみて。

今日付朝日夕刊の「ナカニシ先生の万葉こども塾」を


毎週愛読しておりまして、


おらが心の琴線に触れる一首(巻十九の四二七七番、藤原永手の歌)を


見つけました。一読したところ、さっぱり分かりませんでした。



袖垂れていざわが苑(その)に鶯の木伝(こづた)ひ散らす梅の花見に




だってさ、天平勝宝四(七五二)11月25日、宮中の宴会で天皇に献上した一首ですからね。


説明によれば


作者は後に正一位、左大臣まで登りつめた高級官僚で、


「袖垂れて」の意は中国語の「垂拱(すいきょう)」を日本語に直したもので、


袖を長く垂れることで天下泰平を意味するそうだって。


この歌は冬と春の風景を二重写しにする趣向だと解釈されております。



どうもなぁ、袖垂れて、って現代人にはピンとこないが、


袖の下という悪い意味の言葉しかピンとこない現状で、


約1300年前の古代人の心の機微が


うまく伝わってこない恨みがありますよね。



ナカニシ先生(素晴らしい万葉学者とお見受けします!)の詳解に助けられて、


映像芸術からのヒントで


題を末尾に後回しして結語に代える新趣向をあみだした「末題詩」の体裁で


おれなりに


現代詩ふうに意訳してみました。






袖垂れていざわが苑(その)に鶯の木伝(こづた)ひ散らす梅の花見に
   (万葉集巻十九の四二七七番、藤原(ふじわらの)永手(ながて)の歌)
垂拱(すいきょう)。
袖を垂らせ、さあ流せ。
今は冬にあれど
何もなき庭先に立ちし木を
見て あなたの袖に
降りかかるは雪にあらねど
梅の花でございませぬか。
さよう、
よく御覧ぜられませんか。
うぐいすが
枝をつっついて花を散らしおるので
ございませんか。

 いざわが苑に。




画像








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