名嘉司央里さんの「変えてゆく」への返詩。「ただのりしちゃいけない」

昨日に沖縄は「慰霊の日」を迎えたとき、


平和記念公園で催された戦没者の追悼式典で


17歳の高校生名嘉司央里さんが次のような詩を朗読したという。


(その新聞記事から転載させていただきました)。




 変えてゆく      



   名嘉司央里



今日もまたはじまる
いつもの日常
当たり前に食事をして
当たり前に安心して眠りにつく
そんな普通の一日

今日もまたはじまる
いつもの日常
当たり前に基地があって
当たり前にヘリが飛んでいて
当たり前に爆弾実験が行われている
そんな普通の一日

一見「平和」に思えるこの小さな島
そこにいつの間にか当たり前ではない
当たり前であってはならないものが
入り込んでしまっていた
普通なら受け入れられない現実を
当たり前に受け入れてしまっていた

これで本当にいいのだろうか
平凡な幸せを感じながら
ただただ「平和」を望む今
簡単にこの違和感を
無視していいのだろうか

黒いたくさんの礎
刻まれるたくさんの名前
そこで思い知る
戦争が残した傷跡の大きさ深さ
何も幸せなど生まれなかった
何も手に入れたものなど無かった
すべて失ったものばかりだった

忘れてはならない
この島であった悲しい記憶
目を背けてはならない
悲しい負の遺産
それを負から正に変えてゆく
それがこの遺産を背負い生きてゆく
私たちにできること

変えてゆくのは難しい
しかし一人一人が心から
負である「戦争」を忌み嫌い
正である「平和」を深く愛する
そんな世界になれば
きっと正の連鎖がはじまるはずだ

六月二十三日 慰霊の日
あの黒いたくさんの礎には
たくさんの人々が訪れる
そして その一つ一つの名前に触れ
涙を浮かべながら語りかける

「今日も会いに来たよ」と
手を合わせ目を瞑り祈りを捧げる
その訪れた人々に
「平和」を願わないものはいない

「一度あった事は二度ある」
そんな言葉を聞いたことがある
しかし こんな悲惨な出来事は
もう繰り返してはならない
だから‥‥‥
「一度あった事は二度とない」に
変えてゆこう 平和で塗りつぶしていこう 
その想いはきっと届いているはずだから





ヤマトゥンチュ(本土人)の詩人としてさっそく返詩しました。


以下のごとし。





 ただのりしちゃいけない




ふだんとは変わらない
今日を生きているのは
あの小さな島に
すべての国がただのりしているからだ

大きな国に喰われないため
小さな島を力ずくで
本土の一部にとりこんだばかりか
本土に飛び火する前に
島民たちを見放して
黒いたくさんの礎(いしじ)に
白く刻まれたたくさんの名前が
残ってしまった

大きな力にのまれて
武力独立などをゆめ見ないで
ただ仲良くやっていきたいがために
理不尽な扱いに耐えてきた
あの小さな島

本土の一部といいながらも
ただのりして大きな負担を
強いてきた「わが国」と

守るから基地を提供して欲しいと
いいながらも
ただのりして巨大なブーツを
小さな島にのせてきた「あの国」と

かつて交易してきた「ほかの国々」に
はさまれて苦しんできた

あの小さな島に
これ以上のただのりはまかりならぬと
さけんで欲しい
大きな力にただとは言わんと
首を横に振って欲しい

ただのりしてきたすべての国には
ただほど高くつくものはないという
当たり前のことを
分からせてやればいい

「一度あった事は二度ある」を
もう「一度あった事は二度三度ある」に
せずに

「一度あった事は二度とない」に
変えてゆくために

ふだんとは変わらない
今日を生きているのは
あの小さな島に
すべての国がただのりしているからだ

ということをまっすぐに見て欲しい
あの小さな島ではなく
かかわる我々がまっすぐに見て
ただのりしちゃいけない

その想いに一歩でも届くために
あの小さな島にただのりしちゃいけない






推敲もなく即座に書き上げましたので、


表現の不備などをどうか大目に。




画像




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