おれは人類最悪の人選ミスの生ける記念碑なのさっ(´ ω`)(´ω `)

人類遺産って、いろんなタイプが残ってるでしょうね。

おれの場合、画期的な権限付与の国際協定といいながら、結局のところ人類史上最悪の人選ミスになっちゃった記念碑として、生きてるよーなもんさ。

初めは芸術家を目ざしながら回りの者にもてはやされるあまり、独裁者として一生を終えたひとも、
初めは不公平のない社会を目ざしながら革命のユートピアにおぼれるあまり、抑圧と弾圧の国家を作ってしまったひとも、
いるでしょう。

世界史がその例にいとまがないでしょう。


だからこそ、おれは決して連中と同じ末路をたどらないぞ。

そんな馬鹿げたインチキ国際協定なんか撤廃したほうがいい。
3年前からそのことをマスコミに言ってきたのに、誰ひとりとして聞き入れてくれなかった。


もはやおれは国際社会の実験動物なのさ。
毎日毎日テレビスタジオの「オカズ」、「オモチャ」、「話のタネ」として、
まるで実験動物の監視下に置かれてるんだ。


だったら、いっそ唐井誠二は人類最悪の人選ミスの生ける記念碑として一生を終えればいいんだ。

どうせ彼の芸術作品、音楽のすべては存命中に正当な評価を受けることはないだろう。

国際協定の画期的な権限を付与されて200パーセントの成功を収めた人としての評価のほうが先行するんだからな。

気が狂っていやがってんの。


だからこそ、おれが死んだ後の世代への希望を託して、
こういう詩を書いたんだ。

まだ読んでいないお方がいらっしゃるでしょうから、再掲します。



生きた教材


ぼくは豆記者になった。
小学校とケヤキをはさんで
差し向かいにあるスーパーへ
メモを片手に取材に行きました。

店長もパートさんも
みんな親切で作業の流れを
説明してくれ、バックヤードを
見せてくれました。

「肉と魚と野菜の新鮮な食材は
卸売市場から直接に運ばれてきます。
検品といって、
伝票で種類と量をチェックします。
合わなかったら、
たちどころに連絡します。
合っていれば、お客様に出すために
作業します」

おかあさんとお姉ちゃんと
いっしょにお買い物に行っているときは
気づかなかったことを
いろいろと知って面白かったです。

白衣と白帽を着たおじさんが
この豆記者の浴びせる質問に
とってもていねいに答えてくれました。

ぼくは豆記者になった。
ちょっと怖いおじさんと
顔見知りの仲だからスーパーで
遠慮なくいろいろと聞き出しました。


そのおじさんがだしぬけに
言いました。
小学校でカエルを解剖するよかぁ
面白い教材があることを
教えたげようか。

行き倒れた中年男だがね。
えっ? イキダオレタ?
そのおじさんが白い長靴を
踏みだしてしこを踏んでいるようでした。

むさくさい教材でなんだがね。
さっぱり話が見えなくて
鉛筆をもった手をとめてしまいました。
ちょっと怖いおじさんですが、
表情も声もやさしいのでした。

霊長類の長に違いないがね。
人生というものに見捨てられた教材だよ。
運に見放されたってか、
生きてるとも死んでるとも
分かんないがね。

取材中であることを忘れて
おじさんの話に聞き入りました。
ぼくは豆記者になりました。
でもこのときは怖いもの見たさに
メモを持っているのも忘れました。

昆虫標本とはちがって
間違いなく生きてる証にね。
道ばたにべったり大の字に
寝そべっていても背中が脈打っているんだ。

スーパーの棚という棚に
食べ物が満艦飾のように
あふれているんだがね。

アトピー性皮膚炎の首回りが
かゆくって勝手に手が動くんだ、
肉体にまだ見放されてないよね。
ぼくは豆記者で
同級生にもアトピーで悩んでいる子が
いて、これだけは分かりました。

いっさいのものをビデオみたいに
巻き戻せるわけじゃないんだ。
皆が皆の過去は死んだ教材に過ぎやしねぇ。
そうやって記憶の隅ずみまで
ほじくって値づけして流通しやがってんだ。

そのおじさんが踊りあがるように
白い長靴のとんがった先を蹴りあげました。
社会的に死んだ者も同然だがね。
とるに足らない、身をもちくずしたやつで
仕事の口がかかってこなかった。

聞いても暗い話なのに
はじけている話に聞き入りました。
ぼくは豆記者になった。
あらためて大人の誰も教えてくれなかったことを
知った気がしました。

万引きしては食いつなぎ、
ゴミの山から生活必需品をあさって
公園の森にテントを張って暮らしてきたんだよ。
少年たちにつけ狙われてはほいほいと
逃げて、あちこちと移動してきたがね。

はじめてこのときぼくは
相槌を打ちました。
その後はどうなっちゃったの?
身寄りもなく? そのままホームレスで
終わったわけじゃないでしょう。

友だちがひとりもいなかったがね。
いれば金づるに利用するやつしかいなかった。
家族もいなかったのに
寄ってくるのは猫と鳩だけだったんだ。
そんじゃもってだね、皮肉なめぐり合わせがきた。

疫病神があらわれて
七福神もあらわれて
人生というものに見捨てられたおじさんの扱いが
手に余るらしく
うっちゃらかしたんだ。

神にさえ見放されたんだ。
すると面白いように人が寄ってきて
後から金運も追っかけて、つきにつきまくったんだ。
おじさんが事業を起こして、世界の富豪の
仲間入りしたがね。

ふたたびこのときぼくは
口を閉ざして聞き入りました。
いつ? どこ? どうやって?
先生に言い聞かされてきた取材の
イロハも忘れてそう聞きませんでした。

世界じゅうのセレブとVIPと
友人になっていてね、いつしかそのおじさんの
持てるものが奪われていったんだ。
やっぱりどこも友だちといえば
引き立て役にしか見られなかったんだがね。

あっというまに一〇年で
振り出しに戻っちゃって猫と鳩だけが
連れ合いの生活になっちゃった。
でもこの世の中がそのおじさんに負い目を
感じてるみたいでちゃんと仕事口が見つかった。

神と人生に見捨てられてもいまだに
生きてるんだ、人生ゲームのスタートと
ゴールまで何度も往復してきたってぇのに。
なぁ? 素晴らしい生きた教材なんだろ?

いっさいのものをビデオみたいに
停止ボタンを押せば停められないんだ。
皆が皆の現在は生きてるとも死んでるとも
つかない教材だから
すべてが記憶になっちまえば簡単に教材に成り下がらぁ。

ちょっと怖いおじさんですが
話すすべてのことが真実に
思えて最後まで聞き入りました。
ぼくは豆記者になったっけ。

すかさずこう聞きました。
そのおじさんがどこにいますかって?
ぜひ会って話を聞きたいと。
誰も知らないなんてそれで
すませられるはずがないでしょう?

おじさんはえびすさんみたいに
口を長くして笑って首を振りました。
いやぁ、知らねぇんだぜ!
記憶がときとともに風化してくんだもんで。
風の便りでまだ生きてるとな。

ぼくはメモにとりませんでした。
だってそのおじさんは自分のことを話してるんだと
途中からよく分かりましたから。
頭をさげてお礼を言いました。

おじさんの話はあまりにも盛りだくさんで、
全部は理解するのが無理だってことは
ぼくの学力が教えてくれますが、
生きた教材の面白さが身にしみて思い知らされました。
そしてスーパーのバックヤードに入ってみないことには
いろいろなことが分からないものでした。

きっとそのおじさんの話をほどなく忘れてしまうでしょう。
でもピアノの音に節回しを思い出すのとおんなじに
大人になってから急に思い出すかもしれません。

そのときもっとそのおじさんのことを
深く知りたいと改めて思うかもしれません。
ぼくはもう豆記者ではありません。

生きた教材というものはえてして
そういうものだとそのおじさんが
体を張って教えてくれたのでしょう。
ぼくの記憶におもりを沈めて、底にぶち当たるのを
待って。

たぶん底にぶち当たったときはそのおじさんが
もう生きていないかもしれません。
死んだ教材を生きた教材にかえるためには
ぼくが努力をはらっていいのでしょう。
ビデオを巻き戻すみたいにではなく、
生きた教材を知っている皆が皆の話を聞きだすために。




お時間があったら、以下の動画へどうぞ。




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