重厚長大なる物語を軽いフットワークで!「鳥のオペレッタ」の由来

台風一過の暑さにまいったなァ。
でも秋の気配が忍び寄って、暑さと涼しさのはざまに立ってるみたいッス。

ありがとう、3時間余にもわたる、「鳥のオペレッタ」といった軽い副題にもかかわらず、内容はまさに重厚長大なるオペラ‥いや、聖なる物語、オラトリオ、いやいや、最後の圧倒的な歌曲を見れば‥従来の声楽と管弦楽作品の枠を大きく塗り替える、いやいやいや、‥ま、まさか、
あの‥250年も誰ひとりとして挑んでも出来なかった作品に並ぶ、‥ウソだろッ!!!‥‥とかく筆舌にも尽くしがたいスケールの作品の全篇を見て下さって。

おれだって、出来るとはぜんぜん思わなんだよ。
ほんとの話ですよ。

少なくとも、あの4年前の、自分の楽曲が分かんなくなっちまって、250年ぶりの競演といった結果を産み出しちゃったビデオクリップをみずから作るまではね。


「250年ぶりの魂の競演『寸断されたとき』」





自分の音楽の才能に自信があったけどもよぉ、
さすがにこんときは、頭が空白になっちゃったよなっ。

嬉しさが過ぎ去って行くとともに、ひしひしと250年分の重責が肩にのしかかってきてね、おれ自身も怖気づくようになってきたんだ。

J・S・バッハと魂の対話をこう繰り返してきたもんですよ。

「‥‥まさか、おれにあれを書けというのかい!?

250年も誰ひとりとして挑んでも出来なかったあれを?
大作曲家たちが束になっても出来なかった声楽と管弦楽作品を!??
お、おい。おれ、やっと自分の楽譜をMIDIで音にし始めたばっかしなんだぜぃ!
演奏機会が少ないし、曲種も量も少ないんだよ!?
世間にも音楽家として認められていないし。

何より、かなり難しい問題があるぜっ。
テキストなんだぜ。

ワーグナーの音楽がナチズムに悪用されたんだろ。
イエス・キリストの受難に匹敵する、現代の物語はどこにもない。
そのテキストは、どこで探し出せばいいんだよっ?

‥‥え、はあ?

自分でその話を書けばいいって?
‥‥おいおい、そりゃあ、漫画、映画脚本、テレビシナリオなどをよく書いたほうで、出来ないこともないけど。


しかし、あんたの音楽の「聖性」にぴったり来る物語は、ルターの宗教改革が吹き荒れていたあんたの時代にあっちゃ、あれが最適だったでしょ。
今の時代は?

おれの好きな思想家ニーチェが言ったんだろ?
『神は死んだ』と。
神なんてどこにもいないんだろ。
せいぜい、パロディでしかないでしょ。
無理なんだろ」

もー!なんだってその重責をおれにかけるんだよっ!?
それでもおれに書け、と迫るのかい?
冗談じゃねーぞ!」

とね。

本当に、250年分の重責はそりゃあ、怖いもの知らずのおれでも、ある一種の脅迫だったんですよ、
その動画を目にするにつけてね。
おれ自身だって「まぐれ当りじゃないかな」と不安があったんだよ。

それでもJ・S・バッハとの「約束」をいつか果たさなきゃ、という思いをずーっと引きずってきたんですよ。

DVカメラで撮り貯めてきた野鳥のビデオを編集し始めて、
鳥ドラマを手がけてね、
異なる種のあいだに橋渡しをかける物語を練り上げる作業が面白くって、没頭してきました。

そのうちに、鳥の声をニンゲンの歌に翻訳してみれば面白い、と思いついて、
オペラっぽい作品を作ってみようと思ったんです。

4年前に鳥エージェントの物語「赤竜王210」を完成してから、
「次は、鳥のオペレッタにしようか」
と思って、
一年余もかけて構想を何度も破棄しては練り上げながら、リブレット(オペラ台本)を何度も推敲してきました。

そして、すでに「里子の縁結びの後家」の旧バージョン、すなわちまだ曲を入れない段階のビデオ編集が終わって、1時間50分の長さだったんです。
まさか、最終段階で3時間5分にふくらもうとはゆめゆめ思いませんでした。

しかし、そのときJ・S・バッハとの約束を果たす「聖なる物語」にもなろうとはゆめゆめ思わなかったのでしたよ。
むしろ、あと何年先のことだから、小手調べに、と思っただけだったんですよ。


去年1月にね、やっとリブレット決定稿を脱稿して、いよいよ制作に本格的に着手して、作曲、MIDIのオーケストラを指揮し、歌唱、ビデオ再編集の作業を続けていくうちに、

「リブレットを書いている間は今いち分からなかったけど‥
おれの考えたよりもっと大きな何かがある気がするような‥」

と感じたんです。

ほら、net.1「里子の縁結びの後家」を見せたでしょ。
その初めの数曲を、自分で何度も聴き直しては、いよいよ確信が固まってきたんです。

「間違いない!
こんな早く来ようとは!
J・S・バッハさん!あなたとの約束を果たすときが来ましたよ!

これだったんだ!鳥の『聖なる物語』が。

あらゆる生きものの中にひそんでいる『聖性』をこれほど鮮明に描き出すものだったんだ!

書いているときは今いち分からなかったけど、
少なくとも、命の大切さを口説くお説教の内容空疎さを暴きだし、
それにとって代る程なんてもんじゃない、誰でも知っている当たり前過ぎることの
なかの深奥を突き出す物語だったとは!

おれ自身はすぐれた物語作家でよかったな‥

では、音楽家として全身全霊打ち込んでこの一作を完成させます!」

と生活苦にもめげず、そのとおり頑張ってきたわけです。

とにかく、その一年前から始めた登山で体作りしといてよかったなァ。

ひとりぼっちでこの空前絶後の作品を制作した5ヶ月間は何かと大変でしたねぇ‥
本当に死ぬか、と思った。


この間に自分の作曲、指揮、歌唱などの作業をみずから記録したビデオを、すでに公開ずみでしょ。

「鳥のオペレッタ第14曲作曲解説『鳥たちの合唱』」(net.(2)の最後の曲)





「鳥のオペレッタ第19曲作曲解説」(net.(3)の最後の曲)





「鳥のオペレッタ第25曲作曲解説『心の耳』」(net.(5)の最初の曲)




苦労の甲斐があって、無事に完成しおおせたんです‥


出来栄えは、はるかにおれ自身の予想を上回っているんですよ、
みずからの作品に対して厳しい態度をもって、チェックしてるほうなんでね、
(御存知でしょ、皆しゃまのなかなか気づかない細かい点までうるさくチェックして、失敗作と断じて、完全版を作る過程を、公開しているくらいですから)

ひいき目をみずから禁じてはいてもなァ、
困ったな、この鳥のオペレッタの最後の二つの歌を聴くと、
涙が勝手にポロポロこぼれちゃって。

お涙頂戴の美談、実話などに、
たしかにもらい泣きするんですけどね。

しかし、それじゃ「心の奥―強いていえば、魂」まで揺さぶられた、と言えるかな?

もし、見飽きるくらい憎たらしいもの、常日頃から「同情の余地もないっ!!!」と冷淡に対している相手に、
まあ、涙が勝手にポロポロこぼれてきたら‥


ほんとに、チンケな人間界のはるか上の、‥天上界に通じる『聖性』のドラマ化に成功したともいえるでしょうねぇ。

そうやって、「鳥のオペレッタ」という副題は、当初のおれ自身の考え以上に、実に深いものをはらんでいたのだった、
あの偉大なる詩人、ダンテが実に重厚長大なる作品をみずから「神聖(なる)喜劇」と名づけたように、
時代の風潮に抗って、重厚長大なる物語を軽いフットワークで描写して、聖性の光のもとへ導き出すものだったのではないか、
とすら思えてくるですね。

皮肉なことに、既存のメディア、企業はダンテの生きていた当時の腐敗した聖職者とおんなじで、
内容空疎な、見せかけの「重厚長大なる物語」に抗って、
軽いフットワークにふさわしいメディア―そう!このネットで、
空前絶後の3時間余の「鳥の聖なる物語」を皆しゃまのもとに届ける羽目になろうとはね。

だって、ダンテの時代って、まさか、地獄、煉獄、天国と、まるでお遍路さんみたいに経巡って、最後に聖性の光のもとに行き着く物語を、公用語のラテン語に抗って、俗語のイタリア語で書こうとは、誰も思わなかったでしょ。

いつの時代も、
内容空疎な物語に飽き飽きして、
重厚長大なる物語を軽いフットワークで描写した作品で
新しい時代を拓いてきたでしょ。


‥‥大風呂敷を広げちゃったかな。

まんざら、「鳥のオペレッタ」という副題も捨てたもんじゃないな、と。

どうもご静聴ありがとうございました。




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    Excerpt: 髪の毛を止めるためのクリップが消え去った。 いや、今まで何百本無くしたかわかんないんですけどね。 でも悔しいから探すわけですよ。 ついでに部屋の掃除をするんですよ。 なんでかって? 悔しいか.. Weblog: 消え去ったもの racked: 2007-09-09 04:02