メディアリテラシー‥詩「真善美の箱・続/僭王」

先日公開した詩「真善美の箱・続/世評を吸い上げて」の出来栄えに不満を抱いて、推敲を重ねてきました。
だからといって、旧稿を見せた記事を削除しません。何故って、「詩は書くものではなく書かされるものである」という持論を話したように、詩人たるもの、みずからの「意識の空白」に敏感でなければならないということをお見せしたかっただけです。

三倍以上にふくれあがっちゃったんです。
本当にむずかしいねぇ、現代のマスメディアの構造的ひずみを体現しているのにほかならないテレビの優位性を、より深い切り口で掘り下げて、韻文らしい形式にまとめるって。

大変苦労させられたもんです。

よかったらどうぞ。


真善美の箱・続/僭王

人類が電波を発信したのを
いいことに
ある函がこれまでの媒体を押しのけて
王とみずから名のったとさ。

そもは画像受信の発明でしたが、
音声も電波にのって
ラジオをあしげにして
ふんぞり返るようになった。

「わらわはロバの耳が通じぬじゃ!
しもじもの評判をよく聞いておる。
えり抜きの部下どもの働きで
世評を吸い上げて
立派な権威をおびるようになったじゃ!」

そもは映画より低く見られたが、
函の台数が一家に一台と
映画館をしのいで
娯楽の王様になってきた。

「わらわは一回しか見せぬじゃ!
かみがみのごひいきに応えるため。
あとから湧く疑問に答えないように
世評をあまさず
紹介して庶民の味方づらをするじゃ!」

来し方も行く末も知らぬげに‥
一回きり流れる絶対的な君主制。

ひとりの部下がこう言ったとさ。
「ポンコツのくせにって?
あっは! 笑わせるな。
たかが画像受信の函だと言うなかれ。
地球をくまなくつつみこんで
なんでも声と映像がおたくのてもとに
届くから
どんなへき地でも近くにたぐり寄せてしまう。
目の届かぬところはどこにも
ないんだ。
もう立派な権威ではないか!」

花形職業とあこがれられてきた座に
就いたお嬢さんが
にこやかに画像でこう言ったとさ。
映りのよい顔と聴こえのよい声で
スカウトされたお嬢さんが
よく出る声で滑舌をふるって
「ご批判をありがとうございます。
でもそれはぜいたくなやっかみじゃありませんか?
あなたさまのご要望に身を粉にして
お答えしているだけでございます。
(笑) (笑) (笑)

ほら、このデータが示すとおり
あなたがたの不用になすった函が
明日の食糧にもこと欠く国の
お茶の間にもわたってむさぼるように
見られていますね。
意外なところでリサイクルされていますね。
(笑) (笑) (笑)

ここには王様も奴隷もおりません。
あなたがたに代って
知りたい情報をあさって
ご関心のニュースを満載しております。
(笑) (笑) (笑)」

お嬢さんの上司が不機嫌そうに
別室で相手を悪しざまに言ったとさ。
「その情報は捏造してあるって?
よしてください。
取材源は信頼できる筋ですし、
報道局が裏をとるのにつとめてきましたし。
一語一句もミステイクがないように
目をこらしてチェックしていますよ!
ですから渡す原稿は万全ですよ。
‥‥‥‥
いやじゃありませんか。
疑ったらきりがないじゃないですか」

そして、民主主義に特有の明るい笑顔で
言い足した。
「言論と思想の自由があるじゃないですか。
為政者のことばをとことんまで
疑ってこそジャーナリストなんですよ。
取材陣は万全じゃないですか。
権威でわきをかためてありますし、
評価はあらゆる審査をくぐって、
スタジオに通してありますよ。

スタジオには悪人がひとりもいませんよ。
‥‥‥‥
もう完璧な報道に仕立て上げていますから
疑問をさしはさむ余地も
あろうはずもありません」

蜂の巣をつついたように
てんでばらばらの声が渦巻いた。
知らぬまに不特定多数の顔々が
いっしょくたに王の顔となって
出来上がった。

来し方も行く末も無関心のなかに
擲り投げられて
一回きり流れる民主主義の僭王。

あるひとりの側近がこう言ったとさ。
青いみみずの這った印璽を
こうべにいただきながら――
「民主主義のイロハというのはですな、
三権分立に尽きるべきですな。
行政と立法と司法の‥‥
教科書どおりには行かないもんですな、
歴史が流血にまみれて教えているとおりですよ。
すきまを縫って権力闘争が絶えませんね。
権力は部外者どうしでシェアリングしても
おのずと独立性にも限界が出てきますね。

ですからそこで必要とされているじゃないですか。
マスコミの王様格の媒体が。
人類史の有用な媒体の頂点に
わずか50年でのしあがった若き帝王と
言うべきですか」

「わらわはロバの耳が通じぬじゃ!
しもじもの評判をよく聞いておる。
えり抜きの部下どもの働きで
世評を吸い上げて
立派な権威をおびるようになったじゃ!」

そもは映画より低く見られたが、
函の台数が一家に一台と
映画館をしのいで
娯楽の王様になってきた。

「わらわは一回しか見せぬじゃ!
かみがみのごひいきに応えるため。
あとから湧く疑問に答えないように
世評をあまさず
紹介して庶民の味方づらをするじゃ!」

金庫番が算盤をはじいてこう言った。
「電波は公共財ですから、
ただで見放題ですよ。
受信料を払う必要がありません。
‥‥‥‥
どうしてですか。
‥‥‥‥
広告収入がとだえてしまえば
この函は何の権威ももたないって?
なにを言われるですか。
スポンサーの顔色をうかがったり
視聴率を上げるために手段をも辞しないことを
非難されるですか。
‥‥‥‥
どうしてですか。
‥‥‥‥
教えて下さい、
我らの至らないところを。
‥‥‥‥
もう一回言ってみて下さい。
なんですって?
‥‥‥‥
放送倫理にふれる言葉と画像は
ご法度ですから、
我らが人倫の道を踏み外しておりません。
‥‥‥‥
幇間とおなじだって?
取材源と視聴者のどっちにも
媚びる姿をそうかんたんに決めつけるのですか。
そう言われては開いた口がふさがりません」

ジャーナリストと名のるものたちが
いらだたしく言い放った。
両手を肩のうえに置いて
重荷がさもあるかのように見せて
「ぼくらの努力をないがしろにするんですか?
一回きり流す画像と音声の舞台裏を
ご存知あげないからなんですよ。

不偏不党の報道に24時間。
不眠不休の取材に24時間。
不撓不屈の姿勢で24時間。

この貴い使命に走り回るものたちを
芸者たちのたむろ場といっしょにするですか?

いやじゃありませんか。

亡霊と見做すですか。
実体ももたないものだからって?」

花形職業とあこがれられてきた座に
就く前は見劣りのしたお嬢さんが
映りのよい顔と聴こえのよい声に
改造されてしまった。
連日退屈されないように
つとめて自分をよりよく見せようとした。

ある日それを指摘されて
形相を歪めて画像でこう言ったとさ。
滑舌がふるえて声が裏返って
「これが世界の窓ですよ!
あなたがたの目を開かせるためです。
これに出ているわたしはそんなはずじゃありませんか!
(怒) (怒) (怒)

そっぽを向かれると
あなたは世界に取り残されてしまいますよ?
(笑) (笑) (笑)

いっしょうけんめい生きても
あなたはとどのつまりバカを見ますよ?
(怒) (怒) (怒)

ほかの媒体でどんなに博識になっても
あなたは結局世間知らずになるだけでしょう?
(笑) (笑) (笑)」

あくる日そのお嬢さんが顔を見せなくなった。

ふたたび電波の玉座から青空を
みそなわすように王が語った。

「わらわの部下どもがよく働いとるじゃ。
バキュームカーがしもじもの評判を
吸い上げてわらわの権威をいやましに
高めてくれるんだから!」



とくに新人キャスターたちにこの詩を見せたいね。
テレビ局を一歩出れば、普通と変わりはないくせに、どうして画面でああえらそうに、「使命感」をもって、耳障りな声でのべつまくなしにアナウンスするんだろ、といつも思ってるんだ。

昔みたいな「たかがテレビ、されどテレビ」と呼ばれた時代がほんとに懐かしいッスよ。

そういうテレビの魔性をよく知っているからこそ、常に自戒をこめてなかなか聴かせる声を持っていらっしゃる芸能人、キャスターたちが存在しているのもむろんのことなんだ。

ところが、残念ながらそのテレビの魔性にとんと無自覚な連中が多数なんだぜ。

どうせこん極悪エロオヤジの詩を無視するんだろ、
「テレビののり」を重んじるあまりジャーナリスト精神をないがしろにした連中なんだからな。

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